【シネマで社会勉強】 No.20 「ドライブ・マイ・カー」
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【シネマで社会勉強】No.20 ~
アカデミー直前 「ドライブ・マイ・カー」にすべりこみ!
上映時間の長さにビビッてなかなか足を運べずにいた「ドライブ・マイ・カー」(濱口監督の作品はどれも長いですがw)。
そろそろ公開も終わりそうなので先日ようやく覚悟を決め観てきました。すでに多くの方が観ていると思いますので多少ネタバレで感想を書きます。
★
序盤、なに不自由ない結婚生活を送っているように見える主人公の舞台演出家が知ってしまう妻の秘密。
とっさに見て見ぬふりをして外に出、タバコを取り出し火をつける。
カチカチ火花が散るだけでなかなかつかないライター。主人公の心の動揺を表現しているようです。
人は心をいつわってどうにかこの日常を暮らしている生き物なのです。ハルキ・ムラカミ的な見方をすれば、その偽りが長い人生のあいだにじわじわ本人の心をむしばんでいくのでしょう。
その妻の突然の死から数年後、主人公は広島の演劇祭に招かれ、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」の演出にあたります。
最近はアーティストが現地に滞在して作品を制作する「アーティスト・イン・レジデンス」という試みもさかんです。
自分はこの土地の人間ではなく仮住まいの身にすぎない……そんなよそ者的感覚は、ボストンの大学に客員教授として招かれた原作者の体験からきているのかもしれません。
★
映画を観続けるうちにふと、この演劇が作られていく過程こそが「ドライブ・マイ・カー」の本筋ではないかと思いました。
ぶっちゃけ主人公と女性ドライバーの交流の部分は全体の3割程度ぐらいじゃないでしょうか。そっちを期待して観に行った人は多少がっかりだったかも。アンチ的な意見が多いのはそのせいかもしれません。
舞台演出や役者の経験もある濱口監督にとって芝居づくりは格好の題材でしょう。演劇好きだったりお芝居の経験がある人はこの映画にハマる可能性大です。
★
主人公が演出する「ワーニャ叔父さん」は、日本や韓国、英語圏やフランス語圏などさまざまな国の人々が、それぞれの母国語で演じる独特なもの。なかにはハンディキャップを持ち、手話でコミュニケーションする人もいます。
国籍も言語も異なる人々がひとつの芝居を完成させていく過程が「ドライブ・マイ・カー」のいちばんの見どころでしょう。
異言語がとびかう無国籍感、インターナショナルなムードがいかにもアカデミー向きです。舞台となる瀬戸内の自然、伝統的な日本の風景も受けがよさそうです。
多国籍、多言語のキャストで芝居をつくるのは、当然ですがなまやさしいことではありません。
障害者が手話で「自分の言葉は伝わらないのが当たり前」とうったえるシーン、目からウロコがこぼれます。僕らは意思の疎通が当然だと考えがちですが、そうじゃない場合もあるしそうじゃない人もいるのです。
現実には国籍や言語がちがえばコミュニケーションは成立しないでしょう。舞台という限定された場所でひとつの台本を共有しているからこそ可能なことです。
逆にいえば、ある世界観(台本)さえ共有していれば、たとえ言葉や障害という壁があったとしても人と人は理解しあえるのでは……そんな可能性も見えてきます。
★
ハンディキャップという点では、緑内障に侵された主人公もある意味同じかもしれません。この病気は視野が狭まりやがて失明にいたる可能性もあるそうです。
それに関連して気になるシーンがありました。主人公と専属ドライバー、韓国人夫婦が食事する場面で、急にドライバーがテーブルの下にひざまずいて画面の外に消えてしまいます。
観客にははじめ彼女がしていることが不明ですが、やがて犬の鳴き声が画面の外から聞こえてきて、カメラがゆっくりと移動するとドライバーは犬とじゃれていたのだと分かる仕掛けになっています。
これは緑内障の症状を観客にも体験させようという濱口監督の意図なのかもしれません。
目に見える部分だけでは分からないこともある、というメッセージも感じます。
★
主人公と女性ドライバーの二人にも、非常に似通ったところを感じます。
ともに傷を抱え、内面をあらわにすることもほとんどなく、似た者同士で相性はよさそうな雰囲気です。原作者の村上春樹も、主人公と同じくこのドライバーのような人物を肯定的にとらえているようです。
また主人公は「セリフに感情を入れるな」と舞台で役者たちに指示します。これは濱口監督自身の方法論でもあると思いますが、女性ドライバーの話し方もまさにそれです。母の死について語るときですらモノトーンですが十分に伝わってくるものがあります。
★
濱口作品に出てくる人々からは安易に理解しあうことを拒む姿勢を感じます。彼らはときにじっくりと意見をかわし、自分の内面を語って、たがいに理解しあおうと努めます。
人と人は時間をかけなければ分かり合えないのだと監督は言いたいのではないでしょうか。作品がどれも長尺になってしまうのもそのせいでしょう。
そんな「ドライブ・マイ・カー」、映像がスタイリッシュなのでストーリーが理解しきれなかったとしても(笑)、余裕で3時間観ていられます。
むしろ夫婦の不倫や三角関係、愛する人との死別や遺されたものの思い、演劇論、コミュニケーション、障害者問題などさまざまな要素が詰め込まれ、ひとつひとつを十分に描ききるには時間がもっとほしいぐらい。さまざまな見方ができる作品です。
★
疫病や戦乱など不穏な空気に包まれている世界ですが、主人公の「僕たちはきっと大丈夫」というセリフは監督からのメッセージだと思います。
ラスト、どこまでもまっすぐに続く異国の道を走る車。ハンドルを握る女性ドライバーが見せるかすかな微笑み。その瞳には未来が映っているのかもしれません。
はたしてアカデミー賞の結果はいかに!?
(2022/03/26)
written by 塩こーじ
元記事 http://note.com/sio_note/n/ne8a5a4bc850d
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上映時間の長さにビビッてなかなか足を運べずにいた「ドライブ・マイ・カー」(濱口監督の作品はどれも長いですがw)。
そろそろ公開も終わりそうなので先日ようやく覚悟を決め観てきました。すでに多くの方が観ていると思いますので多少ネタバレで感想を書きます。
★
序盤、なに不自由ない結婚生活を送っているように見える主人公の舞台演出家が知ってしまう妻の秘密。
とっさに見て見ぬふりをして外に出、タバコを取り出し火をつける。
カチカチ火花が散るだけでなかなかつかないライター。主人公の心の動揺を表現しているようです。
人は心をいつわってどうにかこの日常を暮らしている生き物なのです。ハルキ・ムラカミ的な見方をすれば、その偽りが長い人生のあいだにじわじわ本人の心をむしばんでいくのでしょう。
その妻の突然の死から数年後、主人公は広島の演劇祭に招かれ、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」の演出にあたります。
最近はアーティストが現地に滞在して作品を制作する「アーティスト・イン・レジデンス」という試みもさかんです。
自分はこの土地の人間ではなく仮住まいの身にすぎない……そんなよそ者的感覚は、ボストンの大学に客員教授として招かれた原作者の体験からきているのかもしれません。
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映画を観続けるうちにふと、この演劇が作られていく過程こそが「ドライブ・マイ・カー」の本筋ではないかと思いました。
ぶっちゃけ主人公と女性ドライバーの交流の部分は全体の3割程度ぐらいじゃないでしょうか。そっちを期待して観に行った人は多少がっかりだったかも。アンチ的な意見が多いのはそのせいかもしれません。
舞台演出や役者の経験もある濱口監督にとって芝居づくりは格好の題材でしょう。演劇好きだったりお芝居の経験がある人はこの映画にハマる可能性大です。
★
主人公が演出する「ワーニャ叔父さん」は、日本や韓国、英語圏やフランス語圏などさまざまな国の人々が、それぞれの母国語で演じる独特なもの。なかにはハンディキャップを持ち、手話でコミュニケーションする人もいます。
国籍も言語も異なる人々がひとつの芝居を完成させていく過程が「ドライブ・マイ・カー」のいちばんの見どころでしょう。
異言語がとびかう無国籍感、インターナショナルなムードがいかにもアカデミー向きです。舞台となる瀬戸内の自然、伝統的な日本の風景も受けがよさそうです。
多国籍、多言語のキャストで芝居をつくるのは、当然ですがなまやさしいことではありません。
障害者が手話で「自分の言葉は伝わらないのが当たり前」とうったえるシーン、目からウロコがこぼれます。僕らは意思の疎通が当然だと考えがちですが、そうじゃない場合もあるしそうじゃない人もいるのです。
現実には国籍や言語がちがえばコミュニケーションは成立しないでしょう。舞台という限定された場所でひとつの台本を共有しているからこそ可能なことです。
逆にいえば、ある世界観(台本)さえ共有していれば、たとえ言葉や障害という壁があったとしても人と人は理解しあえるのでは……そんな可能性も見えてきます。
★
ハンディキャップという点では、緑内障に侵された主人公もある意味同じかもしれません。この病気は視野が狭まりやがて失明にいたる可能性もあるそうです。
それに関連して気になるシーンがありました。主人公と専属ドライバー、韓国人夫婦が食事する場面で、急にドライバーがテーブルの下にひざまずいて画面の外に消えてしまいます。
観客にははじめ彼女がしていることが不明ですが、やがて犬の鳴き声が画面の外から聞こえてきて、カメラがゆっくりと移動するとドライバーは犬とじゃれていたのだと分かる仕掛けになっています。
これは緑内障の症状を観客にも体験させようという濱口監督の意図なのかもしれません。
目に見える部分だけでは分からないこともある、というメッセージも感じます。
★
主人公と女性ドライバーの二人にも、非常に似通ったところを感じます。
ともに傷を抱え、内面をあらわにすることもほとんどなく、似た者同士で相性はよさそうな雰囲気です。原作者の村上春樹も、主人公と同じくこのドライバーのような人物を肯定的にとらえているようです。
また主人公は「セリフに感情を入れるな」と舞台で役者たちに指示します。これは濱口監督自身の方法論でもあると思いますが、女性ドライバーの話し方もまさにそれです。母の死について語るときですらモノトーンですが十分に伝わってくるものがあります。
★
濱口作品に出てくる人々からは安易に理解しあうことを拒む姿勢を感じます。彼らはときにじっくりと意見をかわし、自分の内面を語って、たがいに理解しあおうと努めます。
人と人は時間をかけなければ分かり合えないのだと監督は言いたいのではないでしょうか。作品がどれも長尺になってしまうのもそのせいでしょう。
そんな「ドライブ・マイ・カー」、映像がスタイリッシュなのでストーリーが理解しきれなかったとしても(笑)、余裕で3時間観ていられます。
むしろ夫婦の不倫や三角関係、愛する人との死別や遺されたものの思い、演劇論、コミュニケーション、障害者問題などさまざまな要素が詰め込まれ、ひとつひとつを十分に描ききるには時間がもっとほしいぐらい。さまざまな見方ができる作品です。
★
疫病や戦乱など不穏な空気に包まれている世界ですが、主人公の「僕たちはきっと大丈夫」というセリフは監督からのメッセージだと思います。
ラスト、どこまでもまっすぐに続く異国の道を走る車。ハンドルを握る女性ドライバーが見せるかすかな微笑み。その瞳には未来が映っているのかもしれません。
はたしてアカデミー賞の結果はいかに!?
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元記事 http://note.com/sio_note/n/ne8a5a4bc850d
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